聖職者の皮をかぶった・・・

例の「聖神中央教会」の某鬼畜牧師の話。タイトルは、今朝のワイドショーか何かのコメンテーターの言葉。
多くの報道は「キリスト教系の新興宗教」って言って(くれて)いるけれど、
(例、http://www.zakzak.co.jp/top/2005_04/t2005040731.html
同じ「キリスト教」の名を冠して、十字架を掲げているものとして、被害者の方には、大変申し訳なく思う。どうして、他の大多数の真当な教会に出会わせることが出来なかったのだろうかと思うと心苦しい。
キリスト教ってのはキリストを神とするんだから、どんな人間であれその人を絶対化するような言動があったらそれはキリスト教の皮をかぶった何か別のものだ。
傷ついた人が真当なキリスト教に出会ってくれればとはるか遠くから祈っている。


追記)「キリスト教系の新興宗教」そのものが、即「キリスト教の皮をかぶった何か別のもの」であるとは限らない。新興ではないキリスト教の中にでも「キリスト教の皮をかぶった何か別のもの」はある。悲しい、また、怒りを伴うことであるけれど、これは厳然としてある。