実家の飯

先日、教会のある地域の講演会に言って来た。講師はいわば自分の恩師に当たる人で、彼の講義を受けたこともある。講師もよく知った人だし、講演の内容も、いわば直球ど真ん中の話で、だいたいどんな話をするかは想像するに難くないといったところだった。実際、講師を選定した連中は、どうしてそんな基本中の基本誰もがみんな知ってる話を講演題として、しかもそれについてもう何十回もあちこちで講演し著作まである人に講師を頼んだのか、もうちょっと捻った方が良かったのではないかと思ったくらいだった。その意味では正直出席しなくても別に良かったのだけど、付き合いもあって出席しなければならなかった。
ところが、結論から言うと良かったのだ。もちろん講演の内容は確かにもう何度も聞いた話だった。目新しいことはほとんどなかったといったら講師に怒られるかもしれないけれど、実際そうだったのだから仕方がない。けれど、聞き慣れた内容を聞き慣れた調子で聞いて、それこそ見慣れた板書が出て来たりするうちに、なんだか思考回路まで昔に戻ったみたいで、このところ色々と頭を抱えていたことをすっぽり抜け落として、数年前に考えていたことを思い出したりした。で、やっぱりその頃のようなちょっと理想主義的なものの考え方をした方がかえって健全なんだろうなぁと思ったりして、少し励まされた。
最近その先生と話していると課題へのアプローチの仕方が随分と違っていて、それもストレスだったんだけど、その辺の青臭い話は同じスタンスと言うか、自分はそれで育てられて来たから、そこを改めて確かめることができて良かった。
なんだか久しぶりにふるさとに帰って、住み慣れた居間で親の手料理を食べてのんびりしているような、そんな気分を味わった訳だ。
まあその後、出席者たちと話をしていて又イラッとするんだけどそれはまあそれってことで。