聖餐式について2

さらに正餐式とは? キリスト教の何なんでしょうか? いくつでやるもの… - 人力検索はてなについて
失礼を承知で、ちょっと違うのかなと思う点を指摘。
・「正餐式」は指摘済み。たぶん単なる誤植では?

・「パンをキリストの肉体に見立て」:「見立て」なんて言うと怒られますよ。
 特にカトリックの人に。
・「死の直前に行ったり」:これは不明。私は聞いたことが無い。
 終油の代わりをする必要があるのだろうか?
・「日曜日のミサで行ったり」:これは誤解が多い。
 聖体の儀式のことをミサというのです。聖体の秘跡をしないミサはありえませんし、
 ミサではない聖体の秘跡もありません(と思う)


・「キリストと一体化し、かつ他の教徒とも一体化」:違うと思うけれどなぁ。
 神と一体化するなんてのはキリスト教の理解の中ではない筈。
・「罪の赦し、命と救いが与えられる」:聖餐が罪の赦しの根拠ではない。
・「死期の迫った信徒に聖餐を分け与え」:二回目だなぁ。
 そんな理解をしているところがあるのかなぁ?知らないなぁ?
・日本では死刑囚の死刑執行時にこの聖餐式を行うこともあるそうです。:これは、はっきり言ってしてません。
 かつてもしていない筈です。


・「これは新教の堅信礼14歳と旧教の正餐式9歳との中間の時期に当たる」:意味不明。
 「堅信礼」は旧教(カトリック)の儀式で、通常新教(プロテスタント)ではやらない。
 旧教で聖餐式に年齢制限があるというのも聞いたことが無い。

※追記
 無知をさらけ出しました。カトリックでは通常幼児洗礼なので、一定の年齢になったら、
 聖餐についての学びをし、初めて(?)告解をしてそれから聖餐式を受けるようにするらしいです。
 それが9才なんでしょうね。


・「安らかに天国に行けるように祈る儀式」:違います。
 特にプロテスタントでは、洗礼を受けることで天国行きが保証されているので、「行けるように祈る儀式」はありません。


・「プロテスタントの式次第、URL先のように危篤の時にやる場合もあるようですね」:うーん三回目。
 でも、さっきのところも、ここも、教会ではなくて、葬儀の習慣について書いているページですね。
 どうなんだろう?


・「「洗足聖餐式」といって、互いの足を洗い合う儀式と同時にやることもあります」:これも初耳。
 「洗足木曜日」というのは、最後の晩餐の夜のこと。
 その晩に礼拝をして聖餐式をやることはあるけれど、実際に足を洗うんですか。へぇ。